©田中芳樹・徳間書店・徳間ジャパンコミュニケーションズ・らいとすたっふ・サントリー ©加藤直之
みなさん、こんにちは。
前回は和製スペースオペラの最高峰、『銀河英雄伝説』の概略と物語の前史についてお話しました。
今回は、本作品の二人の主人公について、お話をしていきます。
物語の舞台背景などは、前回記事にしましたこちらをご覧ください。
ラインハルト・フォン・ローエングラム
銀河英雄伝説外伝4 『第三次ティアマト会戦(後編)』より
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銀河帝国側の主人公です。
皇帝を頂点とした貴族社会において、貴族とは名ばかりの下級貴族の下に生まれました。後に現帝国に当たる『ゴールデンバウム王朝』を打倒して、自身の『ローエングラム王朝』を開闢します。
物語は、彼の幼年時代から王朝開闢までの、生涯を元に描かれています。
特権階級によって最愛の母と姉を奪われる
元々、下級とはいえ支配階級にあたる貴族の生まれですので、貧乏ながら幸福な幼年期を送っていました。
しかし、幸福な時は長くは続かず、最愛の母を事故で亡くします。
事故の相手は自分達よりも上位に当たる高級貴族だったため、幾許かの賠償金を支払われただけで、母を奪った相手が裁かれる事はありませんでした。
結果、善良だった父は自らの『下級貴族』という出自を呪い、賠償金を元に酒びたりの生活を送り始め、幼いラインハルトにも暴力を振るいます。
しかし、幸いにも彼には美しく優しい姉、『アンネローゼ』がいました。
銀河英雄伝説本伝第4期 『柊館炎上』より
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そして、母の思い出の残る家から出て新しく転居した先で、後の盟友となる赤毛の少年『ジークフリード・キルヒアイス』とも出会います。
母代わりの姉の優しい愛につつまれ、親友キルヒアイスと共に、眩しいばかりの少年時代をラインハルトは過ごしてきました。
しかし、運命は彼に過酷な喪失を求めます。
今度は姉、アンネローゼが皇帝の寵姫として、後宮に納められる事になるのです。
幼いラインハルトは、姉の後宮入りを受け入れた父を激しく罵倒しますが、幼い彼の力ではどうする事も出来ません。
母に続き姉までも奪われたラインハルトの中に、皇帝を頂点とする帝国に対する憎悪の炎が燃え盛ります。
銀河英雄伝説本伝1期 『帝国の残照』より
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いつしかそれは、憎悪を超えて現帝国の打倒の志しへと変化しました。
ルドルフに可能だった事が、俺に不可能だと思うのか?
ラインハルト・ミューゼル
銀河英雄伝説 黎明篇より
奪われた姉を取り戻すため、そして奪った者達から全てを奪うため。
ラインハルトは権力を欲し、その最短ルートとして自身の能力で功績を立てられる、軍人になる道を選びます。
こうして、一人の少年に与えた苛烈な運命から、全銀河を揺るがす動乱の歴史が始まったのです。
類まれな容姿とそれに似合わぬ苛烈な性格
ラインハルトの容姿は作中屈指の物として描かれています。
銀河英雄伝説 本伝4期 『皇帝ばんざい』より
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獅子のたてがみを思わせる豪奢な金髪。
古代の彫刻や白磁器を彷彿とする透き通った白い肌。
そして見る者を凍えさせるアイスブルーの瞳。
姉、アンネローゼが皇帝の寵愛を受けている、という出自も相まって、帝国内では 容姿だけが取り柄の『金髪の小僧』、姉の恩恵を受けた『スカートの中の大将』、と旧来の特権階級である貴族から嘲弄を受けます。
しかし、彼の内面は容姿とは打って変わって激情家の面を有しています。
幼年学校時代は、彼を屈服させようとする貴族の子弟に、手痛い反撃を食らわせました。
また、成人後の軍部においても話し合いによる融和より、武力衝突によって雌雄を決する武断派の一面を垣間見させてくれます。
『皇帝の人なり、戦いを嗜む』
と評される由縁は、自らの覇道を阻む者には全力で立ち向かう、好戦的な一面の表れでもあります。
政戦両略に長けた『常勝の天才』
作中の彼は、最後まで敵に完敗することなく、『常勝将軍』『戦争の天才』として描かれています。
常勝を支える要因は、『戦略面での用意周到な準備』と、『清濁併せ呑む人材の活用』の2点にある、と言えます。
第一巻『黎明篇』でのアスターテ会戦において、彼は3倍の兵力に囲まれながらも、各個撃破によって、自軍を上回る大兵力を破ります。それは、3方から包囲する敵の行動を予測し、常に自軍の兵力が上回るような戦場を設定して、万全を期すために奇襲を掛けたためです。
また、同盟による一大侵攻作戦が行われた際にも、同盟軍の補給線を延びきらせた上で、軍事物資を吐き出させる徹底した焦土作戦を行いました。結果として、補給を絶たれ、各占領地で孤立した同盟軍は、士気が低下した状態で各個撃破される形となりました。
戦場で奇略を発揮し勝敗を運命に任せるのではなく、戦いの前に事を決し、戦場で勝利の果実を確実な物とする。
彼の用意周到な戦略が、常勝無敗という華麗な戦績の源泉です。
また、物語後半に進むにつれて、同盟軍は人材不足が露呈しヤン頼みの戦略に終始しがちですが、帝国軍は将星きらびやかなる事、星空の如しです。
これは、力の源が人材にある事を熟知し、力量を有する者を正統に評価して、登用し続けたラインハルトの人材収集の賜物でもあります。
人事面では多くの失敗もし、それによって数多の苦渋も舐めてきました。
しかし度重なるラインハルトの危地を救い、自らの覇業を最後まで支えたのは、神の恩寵でも眉目秀麗な容姿でもなく、彼の元に集った将帥達でした。
人材を欲し、正当な評価と力量に相応しい待遇を与え、戦場外での用意周到な策略により、戦場外で戦場の勝利を確実な物とする。
彼がただの戦場の雄ではない事を、幾多のエピソードが伝えてくれます。
少年の心を持った人類史上最大の覇王
彼は、宇宙に膨張した人類をその手に治める、という大帝ルドルフに比肩する功績を治めました。
いや、ルドルフ存命中は、まだ自由惑星同盟が建国されていなかったため、作中最大の版図を持つ、文字通りの覇王となります。
しかし、怜悧な知性と剛毅な決断力によって勝利を我が物とする彼ですが、度々少年のような所を見せます。
姉、アンネローゼと友、キルヒアイスに対しては、時々子供のようにじゃれつき、拗ねて見せたりもします。
また、完全な勝利の目前でヤンに阻まれた時には、失策を犯した部下に厳しく当たり、キルヒアイスに宥められる事もあります。
冷徹な覇王としての顔と、無邪気な少年の夢を追う二つの顔。
その人間らしい、二面性もまた、ラインハルトの魅力です。
ヤン・ウェンリー
銀河英雄伝説 外伝2『螺旋迷宮』第2話より
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続いては、ラインハルトと対をなす、同盟側に置けるもう一人の主人公、ヤン・ウェンリーについてお話します。
父の事故死によって運命が変遷した読書少年
彼もラインハルトと同様、父を事故によって失いますが、ラインハルトの悲劇性とは様相を異なります。
元々、宇宙を駆け巡る交易商人を生業としていた父ヤン・タイロンと共に、幼年期の過半を宇宙船の中でヤンは過ごしてきました。
大人たちに混じって宇宙を旅する中で、彼の心の友は『本』でした。
読書好き、とりわけ歴史書が大好きな青年へと成長していきます。
大学進学にあたり、好きな歴史学に志をたてたヤンは、父の許可を経て、歴史学の専攻を考えていました。
しかし、進学直前で宇宙船の事故により、父タイロンは死亡。
父の死後、残されたのは借金と無一文のガラクタばかりと知ったヤンは、大学の進学を断念し、『無料で歴史が学べる場所』、軍士官学校の戦史研究科へと進学します。
彼は同盟の支配者に対して復讐に燃えた訳でも、高い志を持っていた変革を夢見た訳でもなく、ただ経済的理由でやむを得ず、軍人の道を歩み始めたのです。
ちなみに、この士官学校在籍の際に、後のヤン艦隊の幕僚にあたる、アッテンボロー、キャゼルヌらと知り合います。
戦史研究と戦略論の成績は抜群、後の考課は落第すれすれ、という士官候補生のヤンに、運命、というか経済は、少なからぬ試練を与えます。
戦局の悪化と同盟財政の逼迫に伴い、彼が所属する戦史研究科は廃止となってしまい、戦略研究科への転属を余儀なくされました。
彼を数奇な人生に導いたのは、専制政治における神聖不可侵な皇帝ではなく、資本主義における絶対者、『金銭』でした。
後に補給線を重視する戦略を立てるようになったのは、この時の経験が生きている、かどうかは定かではありません(笑)。
しかし、秀才揃いの戦略研究科の中で、端倪すべからぬ才能を発揮したヤンは、当時士官学校の校長をしていた、後の同盟軍作戦本部長シドニー・シトレの目に留まり、後の『ヤン艦隊』誕生のきっかけとなります。
このようにヤンの人生は、本人の望む望まざるを関係なしに、いつもやむを得ない状況によって変転を強いられます。
この後、圧倒的不利な状況の中でも勝機を見出すヤンのメンタルの強さは、状況に左右され易い運命が培っていたのは間違いなさそうです。
運命を大きく変えた『エル・ファシルの戦い』
規定の年数を勤め上げたら退役し、勝手気ままな年金暮らしを夢想するヤンは、『ごく潰し』『無駄飯喰らい』と陰口を叩かれながらも、読書とアルコールを友とする独身生活を謳歌します。
しかし、運命は彼に再度試練を投げかけます。
任官した惑星エル・ファシルにて、帝国軍の奇襲に遭い、同盟軍は圧倒的不利に立たされました。中尉として下士官でありながら、民間人30万人の脱出の責任者にされたヤンは、後に代名詞となる詭計を用いて帝国軍を欺き、ごく潰しから英雄に祭り上げられるのです。
歴史学者を志望した青年は、いつしか自身が研究対象となる歴史の表舞台へ姿を現すのです。
心理学を戦術に応用した同盟軍きっての知将
ヤンの才幹は、歴史学者の卵らしく現状を高位から俯瞰して把握し、過去の事例と自らの知性よって最適解を導き出す事にあります。
物語中、最高峰の知性に属するラインハルトの策謀をたびたび看破し、戦場においては帝国軍の主だった将兵を悉く退けました。
また、歴史上の人物や事例を学ぶうちに、人間研究、とりわけ人間心理に関するエキスパートであった事が描写されています。
相手が攻勢に転じた所に火線を集中して出血を強いる戦術や、『トリック』と表現される方法で難攻不落のイゼルローン要塞を陥落せしめた手法などは最たる例です。
矛盾を抱えながら自らの信念を全うした名将
しかし、宇宙を統一したラインハルトと同程度の知的水準を保ちながら、滅び行く国の一軍人に甘んじ、その枠を飛び越える事は最後までしませんでした。
民主主義国家における軍人は、文民統制下で職務を全うするべきである、と考えたからです。
しかし彼の理念は、必ずしも彼の希望を叶える事はありません。
衆知を信じ民主主義を信奉したヤンですが、彼の死後、拠り所を失った人々は、ヤンを民主主義に殉じた英雄視し、彼の嫌っていた偶像崇拝の対象とされます。
また、平和を希求し戦争を嫌っていたにも関わらず、ラインハルトに組する事を潔しとせず、結果として戦乱を長引かせる行動を取り続ける事になりました。
そして彼自身は『固い信念を持つ者同士が戦争を起こす』という言葉を残しながらも、同盟崩壊後は全ての旗に背いてまで、民主主義の苗床を守ろうと孤立無援の戦場に立つのです。
多くの矛盾を抱えながら、理念を全うした不敗の魔術師、それがヤン・ウェンリーです。
最後に
銀河英雄伝で主役を務める二人の将について、お話させて頂きましたが、いかがだったでしょうか?
この記事で多くの方が本作品に興味を持ち、お手にとって頂ければ幸いです。
それでは、最後までお読み頂き、誠にありがとうございました。
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